読書録゛ ‐ どくしょログ

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書評: ブラック企業ビジネス

  若者の労働相談を受け持つNPO法人「POSSE」の代表が書いた本。ブラック企業単体だけでなく、それを取り巻くさまざまな登場人物/組織が一つのエコシステムとしてブラックビジネスをまわしていることが読み取れる。

ブラック企業ビジネス (朝日新書)

ブラック企業ビジネス (朝日新書)

 

 本の冒頭から考え込まずにはいられない言葉が登場する。

ブラック企業問題は単なる違法企業の問題ではなく、国家全体をゆるがす「社会問題」なのだ

全くもってそのとおりであり、すでに国は対策に乗り出しているときく。おそらくある程度の成果は上げていることは想像に難しくない。ただ、全国に約3千人いると言われる労基署職員の頭数が増えないまま、ハッパをかけたところでどこまで効果はあげられるのだろうか。ただでさえ、業務多忙と言われる彼らに、さらに多くの業務を与えることで逆に彼らがパンクするのではないかと筆者は危惧する。逮捕権という強権を持つ彼らではあるが、実質上、賃金不払いなどの限定された容疑でしか悪質な経営者の逮捕はできないともきく。その限られた法の枠組み内で、どこまでブラック企業に打撃を与えることはできるのだろうか。その上、過重職務で労基署そのものがブラックになってしまっては本末転倒だ。

 筆者が危惧しているのはこうした取り組みは実質上、掛け声で終わるのではないか、ということである。実質的な効果のない施策を、世間体のため、名目上「やった」ことにして終わらせようとしているのではないか。今の現状を顧見るに、政府はブラック企業を表では取り締まる姿勢を見せながら、裏では応援するような仕組みの構築しようとしている気がしてならない。

 参院選でブラック企業の疑いが濃厚な元会長を公認候補として出し当選させる、ホワイトカラーエグゼンプションなどという、実質従業員を「定額使いたい放題」にする法案を何度も出していることなどはその最たるものである。数日分のみの有休消化義務付けを行おうとしていることなどは、世間の目を欺く小手先の対応以外の何ものでもない。

 ブラック企業を応援するというのは、社会全体をブラック化させようとすることにほかならない。本来、社会はよりよい方向へ駆動させていこうとするものであるが、どうも最近の様子は違う気がするのは筆者だけであろうか。

 

 被雇用者、労働者という立場は基本的に弱い。労働者の権利は認められすぎているという言論をそこかしこで見受けられるが、これは明白な間違いである。だって少し考えみてほしい。労働者一人の力で企業に立ち向かい、つぶすことなど現代の日本社会で可能だろうか?そんな事件、どれほどあっただろうか?反対に企業側から労働者を食い潰している事件はご存知のように、枚挙にいとまがない。

 マイノリティーや社会的立場が弱い者を法律で守るのは当然の行為で、強者の横暴な論理を認めてしまっては搾取される一方になる。この強者の横暴が目立ち始めた背景にはおそらく問題は二つある。一つは労働者側が自分たちの法律的な権利を自覚しておらず、またあってもそれをどう使用していいのかわかっていないことである。もう一つは、企業側は自分たちが強者の側に立っていると正しく認識していないこととし、自分たちもあたかも「被害者」として振る舞うことにより、さらなる権利獲得を目指しているところにある。

 情報、資金、権限、人材、その他リソースにおいて企業側は遥かに労働者のそれを凌駕しており、労働者がまともに立ち向かってもまず勝ち目はない。それでもまだなんとか権利行使できるのは労働法が存在するからである。ブラックでない企業にしても、労働法が存在することによって、ブラックな行いをしようとした時の牽制として存在しているに違いない。労働搾取を行う企業にとってはもちろんのこと、普通の企業にとっても少しは「目の上のたんこぶ」的なところはあるだろう。だから規制緩和の御旗の下、労働法を形骸化し、労働者の人間性を削りながら「競争力」をつけようとする輩が多いのである。

 こうした背景からも、常に労働者の権利は企業からの圧力にさらされていると見ていいだろう。場合によっては権利は意図的に無視されることもあるだろうし、労働法が及ばないところから圧力をかけてくる場合もあることが本書から窺える。そしてそれらを「ビジネスチャンス」として捉え、ブラック企業関連の問題で一儲けしようと暗躍する「ブラック士業」の存在を明るみに出す。

 

 本書の中で気になった点として、「従業員を辞めさせない」 手口が存在することだ。筆者が入社する当時、労働者の最強の権利は仕事を「辞める」ことができることだと習った覚えがある。それをさせないというのは要するに強制労働をさせ、「奴隷状態」に陥れることである。21世紀の日本において奴隷など存在しないだろうと思っている人は多いだろうが、手を変え品を変え、影の部分で実質的に存在し、そして世の中の仕組みとしてそれを強化しようとする流れもまたあることを指摘しておきたい。

 ブラック企業が問題なのは言うまでもないが、それを取り巻くブラックなエコシステムが存在することを指摘した本書はたいへん意義深いものだと思う。企業単体の問題ではなく、社会のあり方としての問題でもあり、広く深く問題を捉えていかないと解決策は見えてこない。その意味においてこの本は多くのヒントを与えてくれるものである。