読書録゛ ‐ どくしょログ

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書評: すばらしい新世界

 過去に一度読んだことがあるが、再度読み返してみた。当時はSF小説としてよくできているぐらいの感想しか持たなかったが、今はより実感を持って読むことができる。

すばらしい新世界 (講談社文庫)

すばらしい新世界 (講談社文庫)

 

  一つ残念なのが、日本語訳である。シェイクスピアからの引用はともかく、登場人物たちの言い回しが如何にも「英語を直訳しました」感が否めない。「あなたって人はなんておかしいんでしょう!」などという言い回しなど普通はもうしない。もっとも第1版は1974年発行なので、当時のの訳し方に従うと仕方がなかったのかもしれない。光文社からも新訳で出ているそうなので、もし旧式の訳し方が肌に合わないようであればそちらを読んでみてはどうだろうか。Amazonでのレビューも決して悪くない。 

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 この小説が書かれたのは20世紀前半なのだが、著者の未来を予見する目には驚かされる。人々は産まれながらにしてアルファ・ベータ・ガンマなどの階級によって厳密に差別化され、遺伝子操作と思われる施術により知能や容姿まで決められてしまっている。父親、母親、家族といった概念はもはやなく、人は試験管のような瓶から人工的に生まれでてくる未来世界から物語ははじまる。

 当然、つける仕事は階級によって決められており、階級間での風通しなど皆無な社会である。互いの階級には嫌悪感を持つよう(パブロフの犬のように)条件づけられていて、自分の属する階級が最も幸福であるというフレームワークの中で暮らす。嫌なことがあればソーマという薬で精神を安定させ、「幸福な」状態を保つ。そんな世界で蛮族地区で生まれ育ち、シェイクスピアを愛好する男がこの社会の矛盾に挑み、悩み、そして・・・。

 

 著者が秀逸だと思うのは、専制的でかつ理不尽な政治形態を執られながらも、そこに暮らす人々はそれで満足するという状態があり得ることを看破していることだ。隷属した状態であっても、人はそこに置かれることを自ら望む。科学的に状態や条件を作り出せば人はそこに安寧していく。たとえ反逆者が登場したとしても、隷属した人々の中での「自浄作用」が働き、自らの手で取り除くよう自浄的に動く。これは実は知らず知らずのうちに仕向けられ、根付かされていることであっても、そのことに本人たちが気づくことはない。

 本来、こうした自浄作用は通常の社会でも存在するが、それの目的とするところは異なる。権力層やそれ以外の層を含む、社会全体へ恩恵が被るよう自浄作用が働いている場合は問題は少ないが、どこかに恩恵が偏るか、どこか一定層の首を締めるよう働いている場合は何か違和感や不安が伴うものとなる。如何にこの違和感や不安を人々から取り除くか、雲散霧消させるかが、専制支配を目論む者達の腕の見せどころとなるが、本書の場合はそれを科学や情報操作の力によって人々を統べていく。

 

 現実の世界に目を向けて見れば、ここまで徹底した支配システムは(まだ)存在していないし、そもそも小説の世界が現実の世界を侵食していくことはそう滅多にない。だが、ここまで科学が進まなくとも、システムを構築しなくとも、人を専制的に支配していくことは可能であることを今の社会は示唆していると思う。その支配構造は経済格差というキーワードに収斂していくと筆者は見ているが、今後社会が進むに連れ、より強固な階層形成のために科学的、情報システム的な要素も取り入れられていくことも想像に難しくない。

 SF小説は未来に対する警鐘を鳴らすという側面もあるが、これほど身に迫るものはなかなかない。ぜひ一読をおすすめできる本であることは間違いない。