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書評: 造物主(ライフメーカー)の選択

 前作の「造物主の掟」と比べて格段に面白くなっていると思う。500ページ近い小説だが、話の展開にグイグイ引きこまれていく。

造物主(ライフメーカー)の選択 (創元SF文庫)

造物主(ライフメーカー)の選択 (創元SF文庫)

 

 前作は今回作の前提、もしくは布石だったとも言えるのではないか。前作の話に起伏が少なかったのは、今回作を盛り上げるための熟成だったのでは?あとがきには「続編を求められて書いた」というような記述があったが、著者は本当はこれを書きたかったのではないかと個人的には思う。

 「星を継ぐもの」シリーズでもそうであったが、著者は物語の後半に行くに従って、電脳仮想化の世界を描いていく傾向がある。比較的最近では映画「マトリックス」において見られたが、システムとネットワークが複雑に絡み合った世界において、独自の意識体がその中で創出されるというシナリオである。今回作では、好戦的な異星人がその意識体となって長い眠りから目覚めるが、その異星人の世界観や創りだした人工意識体とのやりとりがエキサイティングに展開する。特に主人公である天才詐欺師が人工意識体をだますくだりがなんとも微笑を禁じ得ない。

閑話休題。

 筆者はこの小説にもある、電脳仮想化世界における意識体の誕生は、現実未来の可能性として結構あり得ると考えている。現代ではインターネット社会は急速に発展しており、行き交うデータ量も爆発的に増加している。今後はさらに速く、指数関数的にデータ量も増え、処理も段違いに複雑化していくだろう。こうした環境下にあって、かつて地球にあった「原始の海」の状態がインターネット上に生まれているのではないかと妄想する。その向かっていく先は、ある種の生命体のような、自らの意識を持つ「何か」が創造されていくのでないだろうか。有機体と電子体では大きくその性質は異なるので、どうなるか正確なところはわからないが、おかれている環境としては類似する点は多いように思う。もしそうした存在が確認されれば、異星人発見と同等、もしくはそれ以上の衝撃が人類に振りかかることになるだろう。さらに高度化した知性体であったとしたら、その衝撃はあらゆる分野に及ぶことになる。

 現在、ビッグデータなどが統計分析と共にもてはやされているが、この傾向は当面続くと思う。巨大なデータ群の中に潜む「傾向」を見つけ出していく過程で、既存の枠組みでは説明のつかない現象が現れ出したら、何らかの意識体が現出しだす兆候なのかも知れない・・・。

 その場合、どういう立ち位置でそうした現象に臨むべきなのだろうか。別に得たいのしれない意識体でなくとも、誰も考えつかなかったような技術や応用科学は、今後多く登場してくると思われる。次々に登場するそのような事象に対し、ただ無防備に「分析」するだけの姿勢では今後立ちゆかなくなる予感がしてならない。

 

 純文学や哲学などの学問は、実利から程遠いため、今や「食えない学問」としてのレッテルが貼られてしまっているように思う。だが、こうした人類が遭遇したことのない事態に直面した時、その対処方法を教示してくれることはなくとも、少なくとも混乱の中での自分の足場や立ち位置を担保してくれる学問なのではないだろうか。自らの存在に対する疑問を棚上げしたまま、私達はここまで突き進んできたが、そろそろ自らの根本について問い直してもいい頃合いに来ているのではないかと思う。「想定外」や「あり得ない」未来に正面から覚悟できるのは、しっかりとした足場を持った者だけなのだから。