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書評: American Sniper

 映画にもなった作品で、原作を読んでおこうと思い購入した。著者は米軍の伝説的狙撃手であったが、2013年に殺害されこの世を去っている。

American Sniper [Movie Tie-in Edition]: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History

American Sniper [Movie Tie-in Edition]: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History

 

 映画にはいろいろと論議があったらしい。愛国心を煽る右翼的な映画であるとか、戦争を賛美するなような内容である、だったかと思う。よく覚えてはないが、いずれにせよ「戦争賛美」的な内容はけしからん、という言われようだったと記憶している。

 本書の内容の中では、著者は戦場で戦うことは好きであると述べているし、戦うことを「仕事」とするのはとても性に合っていたとする記述もある。迫り来る敵を次々と殺害することにためらいはなく、その行為は自分の仲間を助けたいという強い想いを動機としていることがよく伝わってくる。また「God, country, family」という優先順位を自分自身に宿命づけており、国家のために命を落とすことも厭わない愛国的な姿勢も強く描かれている。

 

 こうした面から見れば確かに戦争賛美的な側面もあることは否めない。著者の使命や想いのみから物語を辿っていく場合は、戦闘地帯を縦横無尽に駆けまわる好戦的な兵士像が確かに見て取れるだろう。

 ただそれだけにこの本の表紙にある、俯いて銃を持つ彼の苦悩の表情はどうしても解せない。おそらく映画のワンシーンでのカットで著者本人ではないと思うが、それは特段重要なことではない。なぜこのような苦悩のカットをわざわざ表紙に持ってきたのだろうか。本人が銃を掲げてもっとハッピーな顔で誇らしげに戦果を表現している写真が本書内にはあるにも関わらず、なぜこの苦悶の表情を表に持ってきたのか筆者にとって不思議であり、心のささくれのように気になる問題であった。

 

 本書はSEALという特殊部隊の訓練内容や、先のイラク戦争においての著者の従事した作戦、その時に取った行動などが詳述されている。どの武器を使用し、どのように敵を殺し、どんな怪我を負い、仲間たちがどのように死んでいったのか、その時の著者の気持ちと併せてよく描かれている。

 興味深いのは全く別の視点から、彼の妻の書いた文章も並行して記述されている。分量からして多くはないが、作戦に従事する著者の気持ちと彼の妻の気持ちの間にときおり大きな隔たりが生じていることがわかる。国を取るか家族を取るか、人生における優先順位はすでに自分で定義しているにも関わらず、大きく揺れていることが読み取れる。そして物語の後半に行くに従い、その振幅はしだいに大きくなっていく。

 平常生活時に心拍数と血圧が高い異常値を示し、戦闘時にはそれらが平常値に落ちつくという今まであまり例を見ない症例も著者は煩っていたという。少し余談になるが、「The Hurt Locker」という映画の中でも、戦場で慣れ親しんだ兵士が米国の日常生活になかなか溶け込めない姿を描いていたが、この本でも似たようなことが描かれている。

 

 これらの一連の出来事は淡々と語られているが、おそらく著者とその家族にとって大きな葛藤と苦悩をもたらせたに違いない。そしてこれらは戦闘面以外で戦争の持つ恐ろしさの一面でもあると思う。

 著者は米国という「強者」の側の兵士であり、いくつもの地獄を見てきているとはいうものの、飢餓や大量虐殺などを目の当たりにし、実体験として持っているわけではなさそうである。主として戦闘員を対象にした戦いであり、基地に戻れば家族と電話で話し、食料にもありつけていることが窺える。「敗者」の側の悲惨さと比べればある意味、「恵まれた地獄」を見てきているかもしれないが、それであっても着実に心身を蝕んで行く姿がそこには描かれている。

 どんなに凄まじい訓練に耐えてきても、友情を深め合っていても、戦闘することが性に合っていても、最高の性能を持つ武器を手にしても、家族や周囲の理解があったとしても、死ぬほど国を愛していても、戦争は容赦なくそれらを蹂躙する。著者自身、戦争は必要悪だと認めている節はあるが、認めながら同時にその生け贄になっている姿が映し出されていることも否めない。そしてその苦悩や苦悶が表紙絵から滲みだしている気がしてならない。

 

 この本は読む人によってその受け取り方は大きく異なると思う。読む人によっては良書とは言い難いのかも知れない。だが、著者があれほど命をかけてまで守りたかった米国の元兵士に殺害されている事実も併せながら、この本を読むとなんとも切ない気持ちを断つことはできないだろう。

 なぜ戦争が生じるのか、本当に必要な戦争だったのか、その結果どのような犠牲を支払うのか、著者の想いと異なることはあれど、それを考えるヒントを与えてくれる本であることは間違いない。