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書評: ガリア戦記

言わずと知れたユリウス・カエサルのガリア遠征記録。ラテン語の古典文学としても名高い。

ガリア戦記 (講談社学術文庫)

ガリア戦記 (講談社学術文庫)

 

もしこの本を手に取ることがあれば、これを読む前に塩野 七生氏の「ローマ人の物語」シリーズを先に読むことをお勧めしたい。古代ローマとはどういう国で、どういう時代変遷を経たのか、その概要と流れに深入りすることができるからである。内容も平易に書かれているので、古代ローマに関する前提知識なしでも十分読める構成となっている。長いシリーズではあるが、これを読んだ後に「ガリア戦記」を読むほうが、俄然、面白味も増すと思う。


ラテン語で書かれた原典は大変簡潔かつ流麗な文体で、戦記としてだけでなく、文学的にも価値があるものらしい。 しかしながら、カエサルが書いた「初版本」は二千年以上前なので、今はもう残念ながら現存しない。現在残っているのは書き写しであり、時を経るごとに少しずつ改変され、参考に出来るものだけで30種類以上あるらしい。そんな中でそれぞれを参照しながら訳本を出すのは、それだけでも骨が折れる作業といえるだろう。

そうした背景もあるからなのか、この日本語訳本からはカエサル独特の洗練された文体がきちんと伝わってきたとは言えないと思う。時代の変遷と日本語という異なる言語のフィルターを通してしまっている以上、感情に伝わる影響度はやはり大きいのかも知れない。

しかしそれでも、当時の臨場感は十分伝わってくる。なんというか戦争映画が見ているような気になれるのである。戦いのシーンだけでなく、防壁や橋の作り方、土塁の構築方法など「大道具」の描写も非常に緻密に描かれており、単なる戦闘報告書で終わっていない。読む人を引きこませる魅力がいたるところに散りばめられている。

カエサルの行う戦闘の特色というのだろうか、ほとんどの場合において不利な状況からスタートしている。アレシアの戦いにおいても、単純な兵力差で比べるならば、圧倒的にガリア側が有利だ。それを戦術と創意工夫で自軍を有利な状況に持っていくさまは感嘆するしかない。突飛な発想ゆえ、現場の兵士たちは初めのうちは何をやらされているのか、よく把握できなかったのではないだろうか。それでもカエサルについてきたのは彼に人望と信頼が置かれていた証拠であるともいえる。

ガリア側は多くの犠牲者を出している。それこそ現代であればローマ人による大量殺戮に匹敵するかも知れない。だが、後顧の憂いを残さない戦後処理をカエサルによって成されたため、その後大きな反乱は起きなかったという。もっとも反乱を起こせないほど完膚なきまでに叩きのめされたという見方もできるかも知れない。

 

カエサルは軍人、戦略家、政治家、研究、文人、色男、馬の扱いなど、どれも天才的にこなしたらしい。悩みは頭髪の後退と癲癇持ちぐらいで、ほかはすべてにおいて才能に恵まれたと言ってもよいぐらいの男だった。なんとも羨ましい限りである。彼は殺されるその瞬間まで、人生を謳歌したのではないだろうか。8年に及ぶガリアでの戦争も彼にかかれば、余興の一つぐらいだったのかも知れない。ガリア戦記における彼の文体に、悲壮感を漂わせるものはない。

二千年の時を経ても今だ読み継がれる書物になった上、東の果てにある島国で翻訳されるとは、カエサル自身想像できただろうか?彼なら見通せていたのかも知れない。それが「カエサル」なのだから。