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書評: 沈黙の画布

 絵画のことは正直よくわからない。だが、気に入った絵を眺めるのは好きだ。

沈黙の画布 (新潮文庫)

沈黙の画布 (新潮文庫)

 

英国に来て面白いことの一つに、美術館や博物館が無料で入れることがある。ピカソやモネといった巨匠の絵が目の前で見ることができるのだ。特に柵などもなく、触ることもできる距離にある。近づきすぎるとブザーが鳴ったりすることもあるが。

ただ、たまに思う。ここに展示されている絵画は本当に本物なのだろうかと。巨匠の絵をこんなに無防備な状態で展示をするのだろうかと。 審美眼のない筆者はそれを見分ける術はないが、「本物を観ている」と自分に納得させて観るしかない。

 

画家の想いとは関係なく、絵は世に出るものは勝手に出てしまうもののようだ。この小説ではその部分がなかなか巧妙に描かれている。天才画家とはかく有るべきだという強い想いを持つ、画家の老婦人。さまざまな抵抗を試みるが、結局は絵画の前の人々の思惑に「呆けた老人」として押しつぶされていく。画集を創ろうとしただけの出版会社に勤める主人公も、需要の荒波に唖然とするしかない。そして裏から値上げ工作を仕掛ける風呂敷画商。絵画たちがまるで意思を持ったかのように人を翻弄していく様は不可思議だ。

英国の美術館に展示されている絵の多くも、「事実は小説よりも奇なり 」の運命を辿ってきたのだろう。ひとたび画家より生み出されれば、それは別人格のように振る舞って数奇な運命を辿るものも多い。音楽などの他の芸術とは異なり、個性の強い生涯を送るのも絵画の特徴と言えるのではないか。

一流絵画の生まれる過程やその後の運命についてもこの小説はうまく描いていると思う。今度、絵画を鑑賞するときはこの小説から学んだ視点を忘れずに望んでみたい。